いつも明るい彼女は、憧れでそして好きな人だった。
遠くから見つめるだけの恋だけど、いつかは話せるように。
僕にも勇気が出ますように。
そう、ソッと願ってる……。
勇気の一歩
「おはようっ!」
明るい大きな声がルーンの耳元まで届いた。それは早朝の出来事。
まだ町の住人は眠っているこんな時間に、元気に走り回る人は彼女しか居ない。
声のした方をドキリとして振り返る。自分に向けられているモノではないと分かっていても、普段よりも数秒早く、心臓が脈打つ。
見ると、やはり自分への声ではなかった。自分の目に映るのは牧場主同士話す、ティナとリオンの姿。
この町の人と慣れ親しまなかったリオンでも、彼女にだけは素直に見える。
少しすると笑顔でその場を去っていき、会う人会う人に挨拶をしていく。その姿に、何度も声をかけたいと思った。
だけど、勇気が無くて声が出ない。いつもいつも自分が情けないと落ち込んでしまう。
「ティ~~ナァー!」
急に耳元で聞こえる声に、ビクッと体を震わせる。隣を見ると、いつの間に来たのかダンだった。
特に話すわけでもないが、この町に来たときは、何故だか隣によく居る男だ。
大声で呼ばれる自分の名に反応して、ティナは方向転換をしてこちらに向かってくる。
―えっ…!?えっ…!?こっちにきてる…!!―
遠くでしか見たことのない彼女の姿が、どんどんと近づいてきて、動こうとしても動けなくなる。
緊張や嬉しさや、いろんな感情が渦巻いて心臓が今まで感じたことのないほどの高鳴りをあげた。
「おはよう、ダン」
「おはよう!今日も可愛いな」
彼女が一・二歩の場所まで近くに来て、ダンに挨拶をする。ルーンは素直に顔を見ることが出来なくて、顔を下に向けた。
緊張しなくても大丈夫だ。彼女は僕のことは知らないだろうし、話だってしたことがないから話しかけることもないから…。
「おはようございます」
会話の中での不自然な一言。ビックリしてソッと顔を上げてみる。
すると笑顔でこちらを見るティナの顔がすぐ近くにあった。
―もしかして今の、僕…に…?―
「ぁあ…お、ぉはょぅご…ざ……」
こんなことが起こるはずが…。緊張のせいで、声も小さくなり、ろれつがつまく回らなくなり、何を言っているのか自分でも分からなくなる。
だけど彼女を見ると、さっきと変わらない笑顔で自分を見ていてくれていた。
それが恥ずかしくて嬉しくて、何も言えなくなってまた下を向いてしまう。
ダンと一通り話し終わったティナは、「じゃあまたね」と言って去っていった。
遠くに行くティナを見つめて、ホッとする。だけど胸のドキドキは去った後でも消えることなく、ずっと続いたままだった。
別にティナは自分のことを見てくれているわけでもないのに…。僕のことを知っていて、話しかけた訳じゃないのに…。
なのに、あの時だけは…。僕の目を見て、僕に笑顔をくれた。
それが信じられなくて、今でも体中の熱が下がらない。
そんな僕の肩をダンが叩いた。驚いて横を見ると、笑顔のダンが
「ティナってホント可愛いよな。お前も好きか…?」
そう聞いてきた。今まではきっとはぐらかしていただろう…。
遠くで見るだけの恋だと、そう自分の中で思っていたから。でも、今は違う気がする。
だから強くハッキリと
「はい」
と答えた。ダンはその答えを聞いて、より笑顔になってもう一度、僕の方を軽く叩いて去っていった。
去り際のダンに小さく「ありがとう」と呟く。
ダンが居てくれたらから、彼女と挨拶を交わすことが出来た。
だけど…。自分一人でいる時でも話せるようになりたいと、心の奥で思った。
時刻は昼。早朝の出来事が夢みたいで、ボーとしていたら、いつの間にやらそんな時間になっていた。
特にすることもなく、いつものように鉱石場に行こうと思い歩き出す。
今日は何を拾おうか。それで何を作ろうか。自分の好きなことを考えるだけで、笑顔になれる。
何かを見つけ出すワクワク感を待ちきれず、ガラにもなく走って鉱石場まで向かった。
いつもと変わらない、薄暗い鉱石場の入り口を入ろうとした。
いつもと変わらないはずだった……。
その姿を見つけたルーンは、すぐさま固まった。朝の出来事が鮮明に思い出される。
帰ろう…。そう思い逆方向に体を向けたが、ダンが居ない時でも話せるようになりたい…。
勇気を出して彼女と…。
そう思い、ルーンはまた体を逆方向に向け、鉱石場に入って行った。入ったのはいいものの、何も話すこともなくその上、緊張で
鉱石を掘ることさえも忘れてしまっていた。
ダメだ…。やっぱり無理かもしれない…。そう簡単に人は変われるものじゃないよな。
ティナとは真逆の場所で、背を向けているため自分の状況を、ティナには見えないのが唯一の救いだった。
チラッとだけティナの方を見ると、一生懸命になって鉱石を掘っている。
牧場、鉱石、交流、全てを頑張っている彼女は本当に素敵だと思った。僕もあんな風になりたい。
そんなことを考えて、ティナを見ていると、フッと彼女が振り向いた。
ビックリしてすぐ様、顔をそらし、急いで、鉱石を掘り出す作業に戻った。すると、足音がこちらに向かってくる音がする。
ここには僕と彼女しか居ないはず。一体誰が……。
足音が近づいてくる度に、ルーンの心臓の鼓動もどんどんと早くなっていく。
「鉱石、好きなんですか?」
「……え…?」
自分の耳を疑った。今の声は、忘れるはずがない自分が一番好きな声。
おそるおそる顔を上げると、そこには今朝見た、笑顔があった。
「よくここに来てますよね」
「な…何で…、そのことを…」
すると、彼女は少しだけ頬を赤く染めて、僕に視線を合わせたりそらしたりしながら、
「ルーンさんと、お話ししてみたかったんです」
嘘…だろ…?こんなことが…。ホント…に……?
遠くだけで見つめるだけの恋だと思っていた。
話すことなんて、もう二度と出来るとは思わなかった。
きっと、僕が勇気を出すしか術がないと思ってた。
絶対に知らないと思っていた、僕の名前をいとも簡単に呼んだ彼女。
僕と話したかったという彼女の言葉が、胸に染みこんで、涙が出そうになる。
まさか彼女の方から話しかけてくれて、名前を呼んでくれて、話したいという言葉をくれるなんて、全然想像していなくて、
緊張や嬉しさや、いろんな感情が渦巻いて心臓が朝に感じたほど以上のの高鳴りをあげた。
「あっ…。迷惑でしたか…?」
信じられなくてずっと黙っていたら、彼女が不安そうに小さく笑った。
そんなことない!全然…!
気持ちだけが焦り、自分で出したことがあるだろうか…。そのくらい大きな声で、
「僕も…!!」
「えっ…?」
「…僕も、あなたと話したいと思っていたんだ」
洞窟の中だということを忘れて、大声を出してしまったため、洞窟中にエコーで何度も繰り返される、僕の本当の気持ち。
それが恥ずかしくて、下を向いて顔を赤くしていると、
「アハハ」
突然彼女が笑い出した。何だろうと思い、顔を見上がると、僕の顔を笑顔で見て、
「お互い話したかったんですね」
そう言った。
「そうですね」
僕も一緒に笑った。
「今日から、お友達ということで宜しいでしょうか…?」
驚いて見ると、また彼女は少しだけ頬を染めている。そんな彼女の顔がすごく可愛らしくて、自分に向けられているモノだと思うと
すごく嬉しくて。
僕もつられて赤くなり、
「はい」
と答えた。
彼女に伝える言葉はこれだけじゃないけれど、遠くから見つめる恋から一歩前進。
それだけでも、僕は幸せだと感じることが出来る。
だって、彼女と同じ気持ちを共用できていたんだから……。
ルーンとティナの話です。