素直という名が無いのが憎い

 

ここまで自分の性格を憎んだことがあるだろうか。

素直という名が無いのが憎い

「三成、こんな夜にこんな所に居たら風邪を引くよ?」
「……おねね様、ですか」
「あれ? 何だか覇気がないねぇ。 どうかしたのかい?」
「おねね様には関係ありません。 そんなことよりも貴方こそこんな所に居ては拙いのではないですか?」

そういつものように返すと、「口の利き方がなってないよ!」などと眉を上げた。
しかし口の利き方がと説教しようとも、自分は改めようと思うことはない。
そしてそのことを理解しているのか、目の前の女性もすぐに表情を元に戻すと音も立てずに隣へと腰をかけた。

「こんな所を見られては、秀吉様に何を言われるか分かりません」
「大丈夫だよ。 三成は私の子供だもの」
「そう思っているのは……」

貴方だけです……と言いかけて口を閉じた。
けれど、その続きの言葉を理解しているのか彼女は薄く笑った。
その笑みを見て、思い出す。
彼女が夜に縁側に出てくる時は、秀吉様が居ない時だと。
そんな時に一番言ってはいけない言葉だと、重々承知していたはずなのに。
しかし自分には素直というものを堕として育ったらしい。
後には引けずにいると、優しく肩に掛かる重みに一驚する。

「月が綺麗だねぇ……」
「はぁ……、おねねさ……」
「もうすぐ天下統一だね」

どうやら自分の言葉を聞いてくれそうにないようだ。
それ故、「はい」と素気ない返事だけ返す。 しかし、そんな言葉だけでもこの人は嬉しくなるようだ。
証拠に、少しだけ肩が揺れた。

「みんなが笑って暮らせる世になるねぇ」
「はい」
「世の中が良くなったら、みんな一緒にどこかに出掛けようね」
「……」
「此処こそ、はいって言うところでしょ」
「……はい」

そう答えると、お互い何をする訳でもなく夜半に浮かぶ月を眺めていた。
誠に美しい……。
心の中でそう呟く。 それほどまでに今宵の月は美しく輝いていた。
いつしか陶酔していた自分の肩から、すっと重みが消える。
消えた方に目をやると、彼女は優しく微笑んだ。

「三成、もう少しで小田原城を攻めるんだから体を休めておかないと駄目だよ。
うちの人にはあんたが必要なんだからね」

まるで、言っている自分自身は必要ないという感じだ。
そんなことを考えて答えに迷っていると、再び優しく微笑んだ後、縁側から外へと体を移した。

「じゃあ、お休みね。 三成」
「おねね様はどこへ……?」
「ん、ちょっとね……。あんた達の為に出来ることを探してくるよ」

そう言い残して、去ろうとする。

「もう……貴女は……!」

其処まで言葉が出ていたのに自分の性格故、次の言葉が出なかった。
もう貴女は充分すぎる程に私達を救って下さっているというのに……。
秀吉様にとって貴女はとても必要な方だ。居て下さらないと困る。
心の中では、こんなにも言葉が浮かぶというのに何故、口に出せないのだろう……。