liar man

  【     ティナ君へ      】
春風が街の中を流れようとする季節となりましたね。
きっと君のいる街では、まだまだ寒いのだろうけれど、
元気でやっていますか?
ぼくはちゃんと元気でやっているよ。
今居るところでは、様々な植物が新たな生命の誕生を迎えているんだ。
また君の街にも、春が滞在するようになったら帰ります。
それまで待っていてくれ。
バジル

 

「…お姉ちゃん…、うれしそう…」
「えへへ、分かる?」
「とても、幸せっていう、オーラが、伝わってくるの…」
「メリルちゃんは、勘が鋭いなぁ~」
「メリルじゃなくても、こんな顔されてたら誰だって分かるさ」
「わっ、ロナルドさん…!いつからそこに…」
「ここはオレの店なんだけどねぇ~」
「そ…そうでしたね」

ははと笑い、また先ほどメリルに見せていたような、揺るけた笑みへとティナは顔を戻した。
その表情からは、ロナルドが言ったとおり誰が見ても、何か嬉しいことがあったのだろうと予想がつく顔。
その張本人と言えば、先ほどから、手に持っている物を見ては「へへへ~」と笑うの繰り返し。
ティナに慣れ、心を開いたメリルであっても警戒してしまうほどに気味が悪かった。

「一体、どうしたんだい?そんなに喜んじゃって」
「聞いてくれます?」
「……ああ、メリルも聞きたいだろう…?」
「………う…、ん…」
「じゃじゃぁ~~ん!!」
「「??」」

ティナが満面の笑みで二人に見せたのは、桜が舞う写真がプリントとされた便せん。
中には綺麗な字で何かを書かれているようだったが、字が小さいということもあって、二人に読むことは出来なかった。

「…てがみ……?」
「そう、正解!メリルちゃん、偉い偉い!」

よほど嬉しかったのだろうか、ティナは大きく声を出した後で、メリルの頭を撫でる。
それを恥ずかしそうに受けた後、ポソリとティナへの疑問を投げかけた。

「それ、だれから…?」
「バジルさんからだよ!」
「ああ、そういうことだったのか!」

やっとティナが喜んでいる理由が分かり、ロナウドはポンッと手を叩く。
メリルも大体のことを理解し、ニコリと少しぎこちなくも微笑んだ。
それを見て、ティナも嬉しくなり次はぎゅうっと小さなメリルを抱きしめる。
しかしそれは、ジェラシーを感じた、ロナルドによってすぐに引き離されてしまったが。

「バジルさんから、冬の間に手紙が来るのなんて初めてだから、嬉しくて嬉しくて…」
「それで、さっきからずっと笑ってたのか」
「うん、それに今日届いたっていうことも、ありますけどね」
「…?今日は確か……」
「………かんしゃさい……」
「メリルちゃんにも、ロナルドさんにも、さっきケーキあげたじゃないですか」
「ああ、そうだった!そうだった!」
「全く…!」
「でも、なんで……、今日にとどいたら、トクベツなの…?いつもとは、ちがう…の…?」

そうメリルが尋ねると、ティナは満面の笑みを浮かべ「そうだよ」と答えた。
しかし、それだけでは何も分からず、隣にいるロナルドを見上げるが、彼も肩をすくめるだけで
何も教えてくれようとはしない。
納得はいかないが、ロナルドの様子からして、これ以上聞かない方が身のためだと言うことはメリルには分かった。
その為、これ以上聞くことをせずに、またティナの方へと顔を向ける。

「でも、彼女としては居て欲しかったんじゃないのか?」
「え…?」
「今日、一人っていうのも寂しいもんだろう?オレはよそから来たから、そうは思わないけどな、ティナは長いだろ」
「あはは、それは言っちゃダメですよ」

今まで幸せいっぱいという風に、笑っていたティナだったが、その言葉を聞いた途端に、少しだけ笑顔が濁った。
その後に少しだけ寂しそうな表情をする。
自分の言ったことは本当になのだろう。しかし、それを隠すために笑い続けていた。
そう、ロナルドは悟った。
メリルも先ほどとは違う、ティナを心配そうに見つめる。
二人の様子に気づいたティナは、これ以上居ると心配をかけてしまうと思い、店を後にすることにした。

「じゃ…じゃあ、ロナルドさん、そろそろ、帰るね!」
「あ、ああ。悪かったな」
「何言ってるんですか!私は大丈夫ですよ。それにあとちょっとで春ですしね」
「お姉ちゃん……、元気、だしてね…?」
「ありがとう、メリルちゃん」

自分を心配してくれるメリルの頭を撫でた後、「じゃあ、また明日」と言って店を後にした。

ドアを閉めた後、極度の虚しさに襲われる。
何だかんだ言っていても、ロナルドの言ったとおり、この日に一人は寂しいものだった。
先ほどまで、二人と楽しく話していたせいもあって、誰一人いない道と、肌寒い風がすごく空虚に感じた。

こんなときに彼が居たらどうだっただろう…。
この誰もいない道も、二人だけだねと笑えただろうか?
寒さも、二人で手をつないだら、少しでもしのげただろうか?

そこまで考えて、ハッとし、今までのことを忘れるようにと首を振る。
そんなことを思ってしまえば、もっとこの日が辛いモノになってしまうと思ったからだ。
今日は普通の日だ。そう思えば何も気にすることはない…。

下を向き、視野を狭くしてみる。
そうすれば、静かな広い道だって見なくて済む。
そうすれば、自分だけが一人だということも感じなくて済むんだ。

寂しさを紛らわすために、一生懸命にその言葉を心で連呼する。
何回言ったであろうか、そう思った途端体に強い衝撃が走った。
町中に鈍く、ドンッという音が響く。

「わわっ」

自分でバランスが取れなくなり、体が斜めになるのを感じた。
しかしそれは、誰かの手によって止められる。
手の主は「よいしょ」と小さく呟き、ティナを元の体勢へと丁寧に戻した。
それを少し混乱した頭で理解した、ティナは急いで深く頭を下げを下げ、御礼を言った。

「ごっ…ごめんなさい!私、ボーとしてて…」
「前を向いて歩いてないと、危ないよ」
「すみません」
「まぁ、僕も人のことは言えないけどね」
「え…」
「どこかに出歩いてる女の子を捜してたから、よそ見ばかりしていたからね」
「え…、あ、その声…」

思考がハッキリすると聞き慣れた声に、驚いて顔を上げる。
そこには、少しだけ土汚れた服を着て、鮮やかな緑の帽子をかぶった青年。
この日を、一緒に過ごしたいと思っていた人だった。

「やぁ!」
「な…何でバジルさんがここに!?」
「いたら何か都合でも悪いのかい?」
「だって、手紙に春に帰るって…」

バジルさんが此処にいる。
彼と言葉を交わしたことで、そのことを理解した途端、今にも嬉しさで、涙が出そうになる。
不完全な感情のまま戸惑っていると、彼は得意げに微笑んだ。

「約束っていうのは破った方が、感動が増すんだよ」

何て言う理屈だろう…。

「そ…そんな訳ないじゃないですか…」

そう言いながらも、嬉しくてしょうがない。
こっちの気持ちも知らず、はははと笑う彼を見て、ついに押し殺してきた感情が溢れ出す。

ずっと待ってた人。

いろいろ話したいことがある。

飼っていた牛が仔牛を産んだこと、初めてオムレツを作ったこと。

だけどそれよりも───―

彼の胸へと身を寄せ、自分の感情を彼へ表す。

バジルは小さく聞こえる泣き声を耳にし、ポンポンと愛しい人の頭を撫でた。

そして、彼女にだけ聞こえるように、優しく言葉をかける。

「ただいま、ティナ君」

ティナは、その言葉を聞いて目に涙を溜めたまま、嬉しそうにバジルを見上げた。
ソッと彼のしっかりとした手に、雫は拭き取られ、えへへと恥ずかしそうに微笑む。
その後、もう一度ティナは、彼の胸へと顔を埋めた。

「良かった…。バジルさんが嘘ついてくれて良かった…。」

「…おかえりなさい」

liar man

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昔、バジル×ティナのリクエストを頂いた時に書いた作品です。