主人公ズ

 

「やっぱりさ、割に合わない仕事だったんだよ」
そう言ってピートは小さな音を立ててブドウ酒のジョッキを置いた。
その様子から見るに、もうすっかり酔っているようで誰もが愛想笑いをするだけでとめようとはしなかった。
こういうことがピートにはたまにある。
牧場の仕事が大変だからだろう。
誰もがそう思っていたからこそ、誰も何も言わない。
だた一人を除いて……。

人公ズ

「ピートったらまた酔っぱらってるの?」
「何だクレアか~」
「横、いい?」
「俺の話聞いてくれるんなららぁ~」

そう答えた声は、どんどんと呂律が回らなくなっている。
クレアはいい加減にしなさいよと小突いた後、ピートの隣へと席に着いた。

「クレアさん大丈夫? 今日のピート君一段と酔ってるけど…」
ランが心配そうにオーダーを取りながら話しかけてくる。
周りを見ればみんながみんな、大丈夫か?なんて
話しかけてくるような表情をしているのだから何だか面白い。
だから、「いつものことよ」と言ってピートと同じブドウ酒を頼む。
そそくさと出されたのを一口飲むと、一日の疲れがとれるような感覚に酔う。
やっぱり仕事終わりには、ここじゃないとなぁ~なんて心の中で思った。
クレアもピートも同じ牧場の仕事をしている為、ピートの気持ちは一番に分かっているつもりだ。
ここの町に来た日もほぼ同じと言って違いない。
牧場の仕事で分からないことは教え合ったし、一緒に悩んだ。
そんなクレアだからこそ、ピートが弱音を吐いたら強く背中を叩いてやるのも仕事だ。
ピートとは対照的にちびちびと飲み進めていくクレアは、
勝手に話している彼の相手を望んでしてあげることにした。

「最初はこんな仕事だと思ってなかったんだよ」

隣であえて何も言わずにいると、勢いでか大きな声でピートは不満を口から漏らす。
今日は相当疲れてるらしい……。
そう声には出さずに呆れていると、またもや「大変だと思わないか?」などと尋ねてくる。
それはクレアだけに留まらず、他にも一日の疲れを取りに飲みに来ている
カレンやリックにでさえ絡むようになっていた。
これはそろそろまずいかもしれない…。

だからクレアはピートの仕事終わりの薄汚れた服を引っ張り

「でも動物、可愛いじゃない? それに野菜が採れたとき嬉しそうに自慢してたの誰だっけ…?」

と尋ねた。
するとその顔はみるみるうちに赤くなり、次の言葉が出ないようだった。
あからさまに酔いの赤みではないことは分かった。
自分の中で考え抜いた末の答えであろう言葉も、

「…こんなにきついと思わなかったし」

なんとも拍子抜けな屁理屈のような理由だった。
その言葉に自然と笑いがこみ上げてきて、くすくすと小さく声に出してしまう。
周りを見渡すとクレアと同じように、ピートのことを何だか可愛らしく思っているような微笑みを浮かべていた。
周囲の反応に動揺しながら次の反応に困っているピート。

「辛いけど…、でも辞められない…そうでしょ?」

クレアがとどめの一言を口に出した。
するとピートはこれほどまでもと言って良いほど、真っ赤になる。
そうなのだ…。
牧場の仕事は大変で辛いことも多い。
だけどもやりがいのある仕事だし、何よりも野菜が元気に育ってくれたら嬉しい、動物の嬉しそうな顔が元気の源になる、町の人からの差し入れが嬉しい。
こんなにも嬉しいことが沢山あるのだ。
本当に嫌な訳じゃない。
同じ経験をしているクレアには、全てを見通されているのだ。

「やっぱりクレアには敵わないな…」

そうまだ真っ赤な顔をしたまま、ピートは一口お酒を勧めた。