「ランちゃんってさ…」
「ん?」
「いっつも笑顔だよね」
彼女は太陽よりも眩しいくらいの明るい笑顔を僕に向けた。
温かいから 好き
その日、凍り付くように寒い時期がやってきた。
まだまだ大丈夫だと思っていたから、まだ冬着の支度を終えなく、薄い生地の服を着て仕事をするはめになった。
かろうじて長袖だったのが少しだけ救いだったけど…。
しかし、ブラシを持つ手は誰かに動かされているかのように、勝手に震え、止まることはない。
そして世話をしている動物たちも、冬の季節は苦手なのかうずくまったまま極力動かなかった。
仕事を終えて、町の人と軽く挨拶を交わした後にかならず行くところがある。
…と言ってもその時はすでに時間は夜中近くになっているんだけど。
冬は一日を過ごす稼ぎを賄うこともあまり出来ないから、いつも洞窟に入り込んでしまってあんまり交流出来てない…。
早く春になってほしいと思いながら、木製で出来たなぜだか懐かしくなるようなドアを開く。
ふんわりと柔らかな空気と共に、「いらっしゃいませ~!」と暖かな笑顔が僕を迎えてくれた。
「ピート君、お疲れ様。 いつものでいいのかな?」
「うん、ありがとう」
少し時間が経った頃に、ここの看板娘のランちゃんがやまぶどう酒を持ってきた。
よほど疲れていたのか、渡されるとすぐに一杯飲み干してしまった。
程良い甘さに違和感なくマッチしたお酒がとても美味しくて、自然と笑みが出る。
「今日はよほど疲れてるみたいだね。 もう閉店近くで人居ないしゆっくりしていってよ」
「え…いいよ。 ランちゃんだって働きづめなんだから。 閉店時間には帰るよ」
「いいのいいの。 話し相手が居た方が、後片付けもはかどるってものよ」
「そういうもんかな…、ありがと」
「ううん」
そうしてもう一つ笑顔を僕に向けてくれた。
何度その表情に胸をドキリとさせられたか、覚えてない。
いつも、そうなんだ。
朝早くから出会ったら、冬寒い景色とは裏腹の暖かい笑顔。
そして夜に出会ったら、「お疲れ様」という言葉と共に疲れまでをも癒してくれる笑顔。
僕の知っている限りでは、ランちゃんは笑顔ばかりなんだ。
それがどうしたって? 別にランちゃんのその表情が嫌いって訳じゃないんだ。
ただ…そう、ただ単にその理由が気になるだけ。
自分自身酔いがまわってきたのかなと思いつつ、目の前で作業をするランちゃんに訪ねてみた。
「ランちゃんってさ…」
「ん?」
「いっつも笑顔だよね」
すると、ビックリしたように目を大きくして、洗い物をしている手を止めた。
(そりゃ、そうだよなぁ)
と呑気にボーっとする頭の中で必死に考えたけれど、やっぱり聞きたい。
「そうかな? 私は別にふつうにしてるつもりなんだけど」
「僕は笑ってるランちゃんしか、見たことない気がするけど…」
そう言うと、ランちゃんはどこか僕をからかうような顔をした。
閉店間際の静かな空間に、自分の胸の鼓動だけが音を立ててるような気がした。
じっとお互いがお互いの顔を見て、そしてランちゃんは言った。
「笑顔にしてくれる人が、目の前にいるからだよ」
Fin