高鳴る鼓動は、君のせい

僕は前から彼女を好きだったんだ…。
この思いに気づくのは、とても苦しい勘違いやとても嬉しい出来事で成り立つから、それを隠していたに違いない。
それを今、思い知ったのだった…。

 

高鳴る鼓動は、君のせい
「あら? ピート君ったらまた怪我したの?」

ドアを開けると変わらない彼女の姿があった。 当たり前のことなのにそれが何故だか嬉しく感じる。
座らされた椅子は、いつものようにふわふわだ。
僕の怪我を診るため、彼女はいつもの場所から僕の方へと向ってくる。
ちょっとした怪我だったので、安堵のため息をついた後、案外ドジなのねぇとクスクスと笑った。

「今日はどうしたの?」
「最近来たニワトリがまだ牧場に慣れてないみたいでね…、それでちょっと…」
「そうなの…。 大変なのね。 でも愛情を持って接すれば大丈夫よ!」
「そうだね…」

本当は薬草を採ろうとして転けたなんて言えないから、僕だけしかつけない嘘をつく。
でも、持ってきた時の彼女の笑顔で僕も頑張れるんだ…。
転げても、今日もしっかりとポケットには薬草を持っている。

「ドクターはまだかしら…?」
「あ、エリィさん」
「なぁに? もうちょっとで診察できるからね」
「そうじゃなくて…これ…」

鈴の音に、うす汚いポケットから薬草を取り出そうとした僕の声はかき消された。
それと同時に、エリィという名の彼女の姿が目の前から去る。

「ドクター、お帰りなさい。 どこに行っていたんですか?」
「いやぁ、ごめんごめん。 ちょっと薬草を取りにね…」
「薬草は確かに必要ですけど、診察時間までに帰ってきてもらわないと困ります」
「すまなかったね。 おや、ピートくん来てたのか」
「あ、はい」
「今日はどんな怪我だい?」

ひどく自分の話す隙間なんてないと感じてしまった。
笑顔の二人に対して、不気味なほど笑顔になれない自分が嫌だ。
こんな感情持ったことなかったのにな…。
不思議な気持ちにさらされて、自分までもが驚いてしまっている。

「怪我したのはここかい?」

ソッと丁寧に触れられる傷が、何故だかものすごく痛くて咄嗟にドクターの手を振りのけてしまった。
驚く二人を余所に、俯いたまま口を開けることが出来なかった。
エリィさんもドクターも僕の傷を心配してくれて、それで薬草の話を二人がしていただけで…
…ダメだ、何だか頭が混乱している。
この場所にいるとますます自分が分からなくなってしまいそうだったから、ポケットに入ってる薬草だけ、
エリィさんに手渡して粗々しくドアを開けて出て行った。
心の中でごめんなさいと言いながら。

広場に来て、火照った体を冷やされて少しだけ冷静になった。
きっとエリィさんはドクターが好きなんだろうなと言うことと、僕がたった今失恋したということ。
叶わない恋をしていたことに気づいたのと、そして何より二人にこれから普通に接することが出来ないような気がして、
それが哀しすぎて涙も出なかった。

「ピート君!」

呆然としていると聞き覚えのある優しい声が聞こえ、僕は顔を向ける。
いつもならとても嬉しいんだろうな…と思う。 でも、今だけはあまり見たくなかった。

「どうしたの? 急に…」
「あ、ごめん。 二人とも心配してくれたのに、なんか…その」

上手く言葉が見つからない。 謝りたいことがたくさんありすぎて。

「そんなこと…! それに怪我したのって、これのせいなんでしょう?」

エリィさんは一生懸命に首を振った後、さっき渡した薬草を僕に見せた。
君の笑顔が見たいから…なんてこと今更言えるわけがなくて、無言のままでしかいられない。
そんな僕に腹を立てたのか、エリィさんは僕の頬に手を添え今までないくらい眉をつり上げて、

「もう、無理をしないでよ! ピート君に何かあったらどうするの!?」
「…ごめん、でもこれでドクターも君も喜ぶだろう」

無愛想な声。
自分でそう思うほどだった。 僕は意外に性格が悪かったのかもしれない。
そして、また二人の間に静寂な空間が生まれた。

「何か勘違いしてるみたいだけど、私は…私はピート君が元気に会いに来てくれる方が嬉しい!
看護婦として可笑しいことだとは思うけど……でも」

「でも、それくらいピート君が好きなんですもの!」

目の前で自分が渡した薬草を大事に胸元で握って、顔を赤くしたエリィさんは大声を上げたせいか、少しだけ息が上がっている。
そして僕はと言うと、予想外の言葉に放心して動けなくなった体とは裏腹に胸は熱く早く動いて止まらなかった。