窓際にいる君へ愛の唄を

「神父様、神父様。私の悩みを聞いてくださる?」

「ええ、いいですよ」

 

窓際にいる君への唄を

 

とある小さな教会の懺悔室。
罪を懺悔する場所だというのに、金色の髪を伸ばした彼女は自分の悩みを相談した。
誰よりも彼女に真実を告げられる彼に。
普段使ったことのないような敬語を使っているせいか、その言葉は少々ぎこちなく、そして
彼女からは少しの怒りが感じ取れた。

「私、感謝祭にケーキをあげたんです。それはもう感謝を込めて。だけれどその方は何を思ったか
お返しをくれなかったんですよ。どう思います、そういうの」
「何とも言えませんが、感謝祭というのは心の問題ですからね。単に恥ずかしくて渡せなかったかもしれませんよ?」
「いいえ、そんなことないですよ。その人は優しい代わりに人の心なんかないんですもの」
「それは、酷い言い方ですね」
「それにね神父様、感謝祭って言ってますけど、今の若い子達はみんな好きな人には他の人よりも力
入れたケーキ渡してるんですよ」
「それは私も知っていますよ。ここによく来る少年も貰っていましたから」
「それじゃ話が早いですね。ちゃんとお返しくれないと困るよ、カーターさん」

カーターの言葉を聞いてクレアは今までの敬語をやめ、急に普通の言葉へと戻る。
しかし棘の入った言葉はそのままで、いつもの高めの声からトーンを落として話しかけた。

「何のことですか?」
「とぼけないでよね。私、カーターさんに渡したでしょ。感謝祭に」
「ええ、貰いましたが…」
「お返しくれないのは神父として可笑しいんじゃないの?」
「気持ちの問題ですよ、クレアさん」
「普通のケーキならいいよ、別にそれでも。だけどその…、カーターさんのはクリフ君にあげたのと
は違ったでしょ」
「そうですね。だからどうしました?」
「とぼけるな、このペテン神父」

いつまでもとぼけきるつもりの神父に、怒りが積もりながらもしきりのせいで目の前に居ないため、ど
うしても伝えたい言葉のほとんどが伝えられない。
もどかしく思っている彼女とは違い、カーターはしきりがあって良かったなど心で呟き、ため息をつく。
もし、このしきりがなかったら、彼女は自分を帰してくれないだろうと確信していたからだ。

「ちゃんとお気持ちの返事が聞きたいんですよ、神父様?」
「私は神父ですから」
「知ってるよ」
「知ってるなら、私の気持ちを聞くなんて無謀なことしないでください」
「じゃあ、カーターさんは一生自分の気持ちを言わないで生きていくんですか?」
「ええ、神父になってからはずっとそうしてきましたから」
「私はそれでも聞きますよ」
「私は一生言いませんよ」

二人でしばらくの討論を行ったが、やはりクレアの願い届かず彼は断固として口を開かなかった。
彼が自分の話をしないことは分かっていたし、自分に何かを答えてくれるなんて思ってもなかった。
なのに何故、自分がこんなにも必死になっているのか自分でも分からない。

それは、誰もが恋抱く感謝祭のせいなのか…。

「ちょちょっと言っちゃうだけでいいのに…」
「一人だけを特別に扱うことは出来ません」
「別に特別にして言ってる訳じゃない。だけど、少しくらいの進歩はあってもいいじゃないですか」
「ダメですね」
「何でですか」
「私は神父ですから」
「それはもう聞き飽きました」

はぁ、と深いため息が向こう側からクレアがついたのをカーターは聞き取った。
何を言っても彼女には無駄だということも分かっているし、どんなに誤魔化したっていつか底つきるのも分かっている。
それに彼女には、うすうす自分が彼女に抱いてる気持ちもバレているのだろう。
だから、いつだってしつこい。
かといって自分のことを話そうと思っているわけでなく、底つきたとしてもただ一人の神父であろうと誓っているくらいだ。
結婚も出来ない神父とでは、まだ若いクレアを不幸にしかねない。

「カーターさんって意外に頑固なんですね」
「頑固とは少し違いますが、まぁ、そうでしょうね」

クレアはまた一つため息をついた。
ふと薄暗い小さな懺悔室に一つだけ付いている、これまた小さい窓をのぞくともう時刻は夕暮れ時。
何だかんだで結構な時間を話してしまったなと笑う。
これ以上居てもラチがあかないと思い、重い腰を持ち上げイスから立ち上がった。

「帰るんですか…?」
「うん、カーターさん頑固だから」
「そうですか、また悩みがあったら来てください」
「ええ、そうすることにします。当分はカーターさんじゃないと解決出来そうにないから」
「それでは」
「じゃあ、さよなら」

クレアが部屋を出たことを確かめた後、また自分のイスへと座り戻す。
今まで冷静でいたことに自分自身も疲れたのか、スッと肩の荷が下りるような気がした。
何故こんなにも自分は気を張っているのか。
何故こんなにも貴方の恋は叶わないと彼女に伝えないのか。

それは、自分には無縁のはずの、誰もが恋抱く感謝祭に見事に堕ちてしまったからだろうか…。

「おや、クレアさん。まだ居たんですか?」
「ああ、カーターさん」

乱れる自分の心をどうにか戻し、部屋を出ると見覚えのある金色の髪の女性が一人。
今まで一緒に話していたというのに、姿を見たのは今日の朝以来だったため、変な感じがした。
それと同時に、先ほどよりも心が強い動揺に駆られる。

「夕日がね、綺麗だったんですよね」
「え?……ああ、そうですね」

彼女の見ている方へと目をやると、もうすでに海へと姿を消している途中だった。
夕空には徐々に夜空へと居場所を譲っていき、やがて星の輝く星空へと変化した。

「綺麗ですね」
「え…ええ、そうですね」
「カーターさん、唄でも歌ってくれませんか?」
「唄…、ですか…?」
「こんな素敵な星空なんだからさ。これを二人で見れたことが感謝祭のお返しってことで良いです」
「特別なことは出来ないんですけどね」
「唄くらい、大丈夫でしょう」
「そうですかね…」
「ええ」

そう言われふと思い浮かんだ唄。
決して叶わぬ恋物語。
そんな愛の曲はダメだと思いながらも、今の自分にはそれしか思いつかなくなる。
彼女の早くという声にせかされ、意味が悟られぬように、他の国の言葉に直し、少し小さな声で歌い出した。

『愛よ、永久に

決して結ばれなくとも、私の心は貴方にあり。

愛してると言えば、全てが不幸になる。

貴方も私も。

だけど一度だけ言わせてください。

聞かなければどちらも不幸になりはしないのだから

どうか聞かないで、聞かないふりをして

貴方を愛してます』

歌い終わった後に、何故この唄しか思いつかなかったのかが分かった。
自分の状況によく似ているからだ。
知らず知らずのうちに共感していたのだろう。
歌い終わったことにホッとして、クレアの方を見ると驚いたような、それでも意地の悪いような表情を見せた。
しばらくカーターの顔を見つめた後、へへと笑い得意そうに話しかける。

「その唄の意味、私分からないと思いました?」
「一応、元の言葉とは違いますしね」
「へぇ~」
「………」
「まぁ、この唄聞かなかったことにしていた方がいいんだよね?」
「さぁ?どちらでもどうぞ」
「じゃあ、この唄お返し代わりにしておく」
「……夜空がお返しでは?」
「唄の方がいいですよ、個人的には」
「そうですか、どうぞ御勝手に」
「ええ、そうしますとも」

不覚にも意味を悟られてしまったことに、驚いたがそれよりも遙かにスッと気が楽になった。
自分は神父で、彼女は普通の女性。
決して叶わぬ恋だというのに。

けれど二人ともの心が晴れたのは、やはり今日が誰もが恋抱く感謝祭だからだ……。