Mimicry

寒い………。
寒い………。
あんた寒いわ……。
あんたがやっても意味ないのに……。
彼じゃないと意味ないはずなのに……。

「…用って何……?」

寝起きにいきなり部屋のドアを叩かれて、着いてきてと言われて着いた場所は海。
こんなに寒い日に海に連れてくるなんて、人としてどうなんだろうかと疑ってしまう。
あからさまに不機嫌を顔に出しているというのに、そいつは一つも気にしてないようで、笑顔で私を見ている。

「今日は絶対にクレアさんは喜ぶと思うよ」

それはもう、自信に満ちあふれた顔をしていて、見ていると呆れてきた。
彼が何しようと、どうしようと、私の心は空っぽなのに…。

「これ何だと思う?」

何かを差し出して、目を合わせようとしない私に問いかける。

「…知らない」

見ようともせずに言うと、私の目がある方へと先ほど差し出した物を再度差し出してきた。
無理矢理に目に入る、薄汚い燃えた紙のようなモノ。

「何コレ……。コレが喜ぶモノ…?」
「うん、そう」
「こんな燃えた後の紙切れのようなモノが…?」
「これ、何だか分からないんだ…」

そう言って、笑う。その様子に苛立ちながらも、頷くと彼は笑顔のまま、言葉を続けた。

「花火の後の姿だよ。夏の思い出に取っておいたんだ」

……夏という言葉が突き刺さった気がした。

今の私にはその言葉なんか聞きたくないのに…。
聞くだけでも辛いというのに……。

「コレ、クレアさんにあげるよ。季節は夏が好きって言ってたよね…?」

何も知らない彼は、力のない私の手のひらを広げて、花火の後を入れた後、優しく包み込むように私の手を握らせた。

「言っておくけど…。私……」
「何…?」
「夏は大嫌いなの」
「…?何で」

そう尋ねる声は、先ほどの自身持った声とは反対で。

「振られたから……」

自分でも分からないくらいの小さな声。果たして届いただろうか。
初めて目を合わせると、私以上に悲しそうな顔をした人が目に入った。

「そっか…」

時間をおいて、私に向けて発した言葉は一言。

「…そうよ」
「でも、まだ好きなんだよね?」
「何で、そういう結論になる訳…?」

振られたと言った傍から、何を言ってるんだろうか。

「だって、クレアさんのこと好きな男が目の前に居ても、そいつのこと全然見てないじゃないか」

言われた一言は、今までのように聞き流せなくて。
驚いて彼の顔を見ると、笑顔は少しだけ薄れてた。

「それが結論になる理由です」

黙ってると照れたように、それでも悲しそうに、不自然にかしこまった言葉を使って、彼はそう言った。

「腹立つけどやっぱりカイは女にモテるんだな。クレアさんまでもが好きになるんだからさ」
「私はそこらへんのミーハーとは違うわ」

彼の言葉にムキになって応えると、彼はふっと吹き出して、

「分かってるさ。だから今の今まで、僕の気持ち言わなかった」

そう言われて言葉に詰まる。

「クレアさんには好きな人と幸せになって欲しかったけど……」
「けど……?」
「やっぱり、振られてくれて良かったかな…」
「………」
「こうして気持ちも伝えることも出来たし、もしかしたら僕を見てくれることもあるかもしれないしね」

言いたいことを言いたいだけ言うと、彼は少し満足したようだった。

「クレアさん!見ててよ!」

さっきからうつむいている私に気を使ってか、大声で叫んで走り出す。
少ししてバシャッという音に驚いて顔を上げると、冬の海に場違いなことをした男が一人。

「何してるの!?風邪引くわよ!」

ズボンをまくるわけでもなく、さっきの格好のまま膝丈まで海に浸かって、見ているこっちも尚更寒くなってしまうようだった。

「平気!僕さ!思ったんだけど」

波の音で聞き取れにくい声に対して、私も大きく返事を返す。

「うん!」
「今日、君に渡そうと思ってたモノ、捨てようと思う!」
「この、花火の後のやつのことっ?」

もうそれは貰ったのに。

「ううん、違うよ!大切な人へ渡すモノ」

―――― ザアァ ――――

「何…?聞こえなかった」

突然の高波に彼の声全てが、掻き消されて、何も聞こえることはなかった。

「ううん!何でもない」

そう言った声に反応して見ると、膝まで浸かっていたはずの人は、全身びしょ濡れで。

「早く、上がってこないとホントに引いちゃうってば」
「……だね」

バシャバシャと音を立てながら、こちらへ向かって走り出した後、海に出る前に彼は高く高く、手を挙げて、手に持っていたモノを
投げ捨てていた。
それは魅了されるほどの鮮やかな碧色。
戻ってきた彼にそのモノのことを尋ねてみると、

「もっと先に、もし、クレアさんが吹っ切れたらまた渡すよ」

と言って微笑んだ。

「こんな紙切れよりも、あっちの方が欲しかったわ。綺麗な青色だったもの」
「きっと、今あれを渡したら、クレアさんは紙切れよりもいらないって思ったよ」
「そんな訳ないじゃない」
「それに、これだっていいじゃないか。僕のカミングアウト記念として大切に持ててくれたら嬉しいけど」

その後に、この紙切れから、僕の恋が始まったりするわけだしね。と付け加えた。

「あんた…寒いわ……」

きっと夏の似合う彼が言ったら、すごく格好いいのだろうけど。

「酷いな…。一生懸命あいつの真似してみたんだけど」
「あんただったら様にならない」

そう言うと微笑んだまま、

「僕は大嫌いなあいつの真似で、好きになって貰いたくないから良かったよ」
「だから……寒い…の…よ。言うことが」

彼が言ったら様になるのに。彼だったら笑顔で言葉を返せるのに。
だけど、その様にならない言葉が、心に染みこんで。
冷たかったはずの、空っぽだったはずの私が確実に何かに埋められていく。
温かさに…。辛さに…。涙が自然とあふれ出ていた。

「わっ!ゴメン。あいつの真似してゴメン!」

突然泣き出す私に、戸惑いながらひたすら謝っている彼に違うと言いたいのに、声が出なくて、必死に首だけ左右に振っていた。
こんな私を何で好きになったんだろう…。
もっといい人が居たはずだ……。
それでも彼は、泣いている私に対して、優しく言葉をかける

「クレアさんが僕を見てくれるように頑張るから。きっと夏を嫌いなんて言わせないようにするから」

彼とは似ても似つかない言葉。
格好良くなくて、シスコンで、お節介で犬も嫌いだし。

そこまで思うと、一つだけ思い出したことがあった。

自分よりも人を大切にすること。

なんだ…なんだ…。
私も彼も気づかなかったけど、ちゃんと見てたんだ。
彼の良いところに気がつくくらい、彼のことも見てたんだ。

そう思うと、またなんだか泣けてきた……。

    Mimicry

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強気というか、なんというかなクレアさんですみませ…。
しかも、なんか中途半端な上に、結ばれて無くてすみません…
このリックは牧物2のリックを想像しながら書いちゃいました(なので一人称僕)
リックの性格って今イチ分からない…。きっとHMと2がごっちゃになってるからに違いない。