幸せな家族

「ごめんね、俺の暮らしはこんなので…」

そう呟く彼は、申し訳なさそうな顔をして笑った。

 

幸せな家族

 

「どうしたの、急に?」
「いや、だって…」

彼が何を言っているのか分からなくて、キョトンとして聞いてみると、どう言って良いのか分からないという風に
しおれた花のような表情をした。
それは、自分にとって一番してもらいたくない、哀しい表情で胸が苦しくなる。
やっと、人生で一番好きな人と結ばれたというのに……。

「だってじゃ、分からないよ。 私、何かしたかな?」
「いや、そうじゃないさ! でも、俺ここにばかり居られないだろう?」

そう言ってやっと、彼の言いたいことが分かった気がした。
(実家にばかり行ってごめん)
そう謝る姿に目に浮かぶ。
別にそれが嫌なわけじゃないのに、自分の夫となった人はそういうのが気になる人なのだ。
だから、そっと下を向いてばかりの温かな彼の顔を上げさせる。

「何バカなことを言ってるの。 私は今の生活がとても幸せだよ」
「でも、折角夫婦になったって言うのに、帰ってくるのは夜ばっかりでさ…。 何か…君が可哀想だ」
「余計な同情はいりません。 私がいいって言ってるのに、何で気にするの?」

すると彼は、鳶色の瞳を緩ませ何か言いたそうな顔をする。
(しょうがないじゃない、牧場をやっている者同士なんだもの)
そんな思考が、延々と出てくるものの言葉に出来ない。
そんなことを言うと、また鳶色の瞳が緩むからだ。
彼は昔から自分の家族を支えてきたし、それに動物にも一生懸命に接している。
その姿に、私は惚れたというのにどうにも彼には、まだまだ伝わってないらしい。

「私は、そういうのも含めて選んだ人生だよ? それともリックは後悔してるの?」
「そんなことないさ! でも俺、よくよく考えてみるとクレアさんと居る時間よりも、母さん達との時間の
方が多い気がして…」
「何も、気にすることなんかどこにもないじゃない。 急にどうしたの?」
「だって、こんな生活を続けていたら、いつか君と俺の宝になる子供が……」
「そんなこと、ちゃんと理解してくれるわよ。 だって夜には帰ってくるんだもの」
「…っでも……」

そこまで話を続けると、今にも倒れそうなほど肩を落とした。
よく顔を見てみると、(何故分かってくれないのか)と言っているようにも見える。
考えたって考えたって、どんなに考えたって私には、リックと結婚出来たという幸せしかない。
それに同情されるのは、夫であるリックでさえ許せないものがある。

「ケンカしたくないから言うけど、私はリックにだって同情してもらいたくないよ」
「………」
「私は、大好きでしょうがなくてやっと一緒になれたのに、それを否定されたくないよ」
「ごめん…。 俺、父親が居なかったから…」

鳶色の瞳が今まで見たこともないくらいに、揺らいだのを私は見逃さなかった。
今にも瞳から哀しみの印が零れてきそうな、そんな瞳。
そんなつもりじゃなかったのに……。
胸がすごく辛い。
私も酷い顔をしていたのだろう、柔らかな大きい手のひらが私の頬に触れる。

「クレアがそんな顔することないんだよ。 だけどね…」

そう言うと、優しい温かな彼を映し出すような声で、話し出した。

「俺は、父親が居なかったから、自分の奥さんや子供に哀しい思いをしてもらいたくないんだよ。
ずっと一緒に居たいし、ずっと話していたい。 でもそれが出来ないから、クレアが可哀想で…、
そしていつか生まれる、俺たちの子供が可哀想で…しょうがなかったんだ」

(あぁ、何て馬鹿な人なんだろう…)

彼の言葉を聞いて、一番にそう思ったのは私が一番の馬鹿者なのだろうか。
そんなこと気にしなくて良いのに。
帰ってきたときに 「だたいま」 と言ってくれるだけで、心の中が太陽に照らされるほど温かくなるというのに。
何よりも今の生活が…、これほどまでに幸せなのに……。

「馬鹿だね、リックは」
「え?」
「私は仕事してるリックが好き。 鶏の世話をしてるリックが好き。 何より、家族思いなあなたが好き」
「…クレア」
「私はずっと一人だったけどリックと結婚して、家族が出来たよ。 本当に幸せ。 本当に本当に幸せなのよ」
「本当に? 俺、これからも鶏の世話をたくさんするよ? ポプリの結婚の阻止だって…」
「ふふ、何言ってるの。 それを承知で結婚したのよ。 私にしてみれば何よ今更、だよ」
「ありがとう……」

そして一粒だけ、哀しみではないやわらかで温かい雫を流した。
それをすくってあげると、彼は一番見たかった笑顔を恥ずかしそうに見せた。

家族が出来て、大好きな人と一緒になれて、そしていつか生まれる自分たちの子供が出来て…。
そんな幸せなことがあるだろうか。

そこまで思って一言。

「ポプリちゃんだって、カイと結婚させてあげてよね」

そう言った後の、彼の顔ったら本当に可笑しくて声を出して笑ってしまった。

だけど、それでさえ幸せなんだよ、分かってる? 私の大好きな旦那様!