サクラ貝


いつになったら伝えれるだろうこの気持ち。

君に伝えたくても伝えられないじれったさ。

いつから感じるようになってただろう…。

 

サクラ貝

まただ…。
あまり見たくない現状なのだが、気になってもう一回チラッと横に目をやる。
俺の目に映ったのは、知らない男と楽しそうに話すクレアさんの姿。
今日だけじゃない。彼女の明るくて優しい性格は男にとって、とても魅力的だから彼女を狙って家に遊びに来る奴は多い。

俺もその中の一人で、コソリと鍛冶屋を抜けて遊びに来たのだが、今の状態からだとどうもすぐには話せないみたいだ。
今日来ている男は、この辺りで見かけない奴だった。きっと他の街から来た人なんだろう。

またチラッと目をやる。

クレアさんの笑顔は大好きだ。でもそれは、俺以外の男に向けられているときは、少し辛いモノへと変わる。
鍛冶屋を抜け出してきたときの胸の高鳴りは、今では焦りの高鳴りと変わってゆき、少しムカムカした。
気になる……。
その思いがつのり、最後にしようと心に言い聞かせて目を向ける。
すると二人は、さっきみたいに笑ってはいなかった。男の方は真剣にクレアさんの方を見ている。しばらくして、クレアさん
は相手に頭を下げた。

これってもしかして……。

少しの間二人で話した後、男は寂しそうに笑って牧場から去っていった。
もしかしてなんかじゃない…。あの人、告白したんだ。クレアさんに自分の思いを…伝えたに違いない。

さっきの男に苛立ちを抱きながらも、同時に自分へのじれったさと男への羨ましさを感じていた。

だって俺は……。

「あれ?グレイ!」

いつの間にやら俺の傍に来ていた、クレアさんに声をかけられた。

「あっ…、クレアさん!?こっこんにちわ」
「こんにちわ。もしかして何か用事?」

そう問われてドキリとした。
クレアさんを待っていたくせに、さっきの出来事のせいで、何を話していいのか分からなくなり焦って、自ら地雷を踏むような
質問をしてしまった。

「さっきの人は?」

聞いた後、すごく後悔した。自分の落ち着きが保てないだけなのにと…。

「あっ、さっきの見てたんだ…」

クレアさんは困ったように笑う。やっぱり…。

「そっか…」

お互いに言葉はなかったが、クレアさんが告白されていたということは、今はハッキリと分かった。
ほら、思った通りだ。心臓がさっきからおかしい。

「でもね。私、この村の人以外と付き合う気ないの」

俺は言葉の意味が理解できず、ただ一言

「そっか…」

と呟いた。

「…何でとか聞いてくれないの?」
「へっ!?」

クレアさんの想像も付かないような言葉に驚いて、変な声を上げてしまい、慌てて手で口を押さえた。するとクレアさんは、

「うっううん…。何でもない!」

と顔をうつむけた。

俺…、何か悪いことしちゃったかな。そんな不安な気持ちに追い打ちをかけるように、俺の目に一人の男が映った。
あいつも、クレアさんに用…か。
クレアさんの方を見ると、まだ下を向いたままだ。なんだか居心地が悪くなって、

「クレアさん、あの人クレアさんに用みたいだよ。俺、もう行くから」
「えっ、グレイ…!?」

そうクレアさんが言っていたような気がするけど、俺は構わず逃げるように、牧場を後にした。

俺って、根性なしだ…。気持ちは伝えられないくせに、ヤキモチだけ焼いて…。
そんなことを思いながら歩いていると、いつの間にか海に来ていた。
鮮やかな澄み切った蒼が永遠と続くソレは、優しく、そして静かだった。
海全体に光が加わり、白と青が綺麗に交差する。
浜辺では波が一定のリズムをとって、前へ波打ったり、戻ってきたりを繰り返していた。
俺は、船着場になっている場所へ行き、靴と靴下を脱いだ後、足を水につけて腰を下ろした。

「はぁ~、気持ちいい」

足先から心地よい冷たさが、全身へと伝わって行き先ほどまでの暑さがとれるようだった。
ようやく落ち着きを取り戻した中、一つだけ残るモヤモヤ感。
それは彼女や男に対してというものじゃなく、自分に対しての情けなさ。
伝えたくても勇気が無くて、伝えることが出来ないままで。だけど、気持ちの方はどんどんと強くなっていく。いっその
こと、忘れてしまえば…。この波と一緒に俺の気持ちも流されてしまえば楽なのに…。
そんなことを思ってしまう。そんな時

「しけたツラしてるな」

急にかけられた声に驚き、後ろを振り返る。

「なっ…なんだカイか。驚かすなよ」

俺に声をかけた主は、この海で夏場だけ店をやっているカイだった。

「はは、悪い悪い」

そう笑いながら俺の隣に座る。

「で、どうしたんだよ」

カイはいろいろと世話焼きなところがある。多分友達が悩んでたら、放っておけないたちだろう。

「何でもない」

でも、今の自分の気持ちを言うのが嫌で、素っ気ない返事をした。

「まぁ、言わなくても分かってるけどな。おおかた、クレアさんが告白されてた現場とか見たんじゃねぇの?」
「…………」
「やっぱりな」

俺の気持ちはバレバレっていうことか…。

「んで、クレアさんの返事はどうだったんだよ?」
「多分、断ったと思う」
「だろうな」
「?何がだろうななんだよ」

カイの言い方だと、断るのが当たり前というような感じに聞こえる。疑問に思って聞いてみると、みるみるうちに呆れ
顔になっていったカイが、大きなため息をつく。

「なんだお前。気づいていなかったのか?」
「気づいてないって…。だから何に?」

訳が分からずもう一度、聞いてみた。

「はぁ、お前らお互いに鈍いな」

そう言うと、俺の方に手をポンッと置き、じゃあ俺は一足先に帰るから、がんばれよ!そう言い残し去っていった。
最後のがんばれよの意味が分からず、去って行くカイの方を向くと、そこには入れ代わるように、クレアさんがこっち
に向かって歩いて来てた。

そういうことか……。さっき言われた頑張れの意味を理解した。

俺に気づいたクレアさんは、元気よく駆け寄って来る。

「グレイ、ここに居たんだね!」

微笑むクレアさんの顔はすごく眩しくて、今の俺には勿体なさすぎて、上手く目を合わせることが出来なかった。

「ここ、座ってもいい?」
「…うん」

さっきカイが座った所よりも、俺に近い場所に座るクレアさん。
緊張してどこを向いて良いのか分からず、ふと上を見上げると、いつの間にか空は紅に染まっていた。知らないうち
に、時間が経っていたらしい。

「水、気持ちいいね」
「…うん」

俺と同じように靴と靴下を脱いで、水に足をつけてクレアさんが言った。

「さっきまで、グレイを探してたから暑くてさ」
「えっ!?」

クレアさんの方を向くと、彼女はニカッといたずらっ子のような笑みを浮かべた。

「やっと目、見てくれた」
「あ…」

そう言われ、慌てて目をそらした。すごく顔が熱い……。

「もうすぐさ、花火大会だね」
「…うん」

クレアさんと話すのが、いつもよりも恥ずかしくて、うなずくことしか出来ない。

「一緒に行こうよ」
「!?」

驚くことしかできなかった。クレアさんには、一緒に行く人はたくさんいるだろうから、きっと俺となんてある訳ないと
思っていたから。

「でっでも、俺なんかでいいの!?俺なんかより楽しい人、他にもたくさん居るよ?」

すると彼女は優しく笑って、

「グレイとがいいんだよ」

そう言った。嬉しくて言葉が出なかった。だから代わりに

「家まで迎えに行くよ」
「うん!!」

今度は俺がしゃべって、クレアさんが一言。
短くて静かな会話だったけど、なんだか心地よくて自然と笑みがこぼれていた。隣を見ると、クレアさんも同じよう
に笑っていた。

「あっ!」

突然叫んだかと思うと、クレアさんは浜辺の方へと走っていった。何が起こったか分からず見ていると、砂の上で何
かを探しているようだった。
しばらくして、クレアさんは手に何かを持って帰ってきた。

「それ……」

思わず息をのんだ。

クレアさんの手にあるモノは、透き通るような桃色で、小さくても誰もが目に止まってしまうほどの存在感を持っていた。
形も整っていて、すごく綺麗だ。だけど、力を入れると、形無く消えてしまうようなそんな感じもした。

「これ、すごく綺麗だよね。サクラ貝」
「うん…。すごく綺麗だ」

そう言ったまま俺は何もしゃべらなかった。このサクラ貝に吸い込まれるように見入っていたから。
そんな俺の様子が可笑しかったのか、クレアさんは笑って

「これ、グレイにあげるよ」
そう言って、差し出してきた。少しためらったけど、

「ありがとう」

俺も微笑みながら、それを受け取ろうとする。が…。

「「あっ…!!」」

俺の手に移り変ろうとしている時に、風が吹いた。むなしくもサクラ貝は俺の手の中へ移ることなく、海の中へ落ちてしまった。
その時、俺は何か今までに感じたことのない気持ちが横切った。何か大切なモノが無くなってしまったような。

「あ~、落ちちゃったね。多分、波に流されちゃってるよ。グレイ、ごめんね」
「ううん。いいよ」

そうクレアさんに笑いかける。

「そろそろ風が強くなったし、帰ろうか?」

だけど俺は帰る気が起きなかった。帰っちゃ行けない気がした。

「俺はもうちょっとここに居るよ。クレアさん、明日も早いだろうから先帰っていいよ」

「そう?じゃあ、グレイ風邪引かないようにね!また明日」

笑顔でそう言って、クレアさんは帰って行った。
俺はここに残って何がしたいんだろう…。自分でも分からない。でも、胸の中がモヤモヤしてて。
悩んでいる俺の目に、ピンク色のモノが目に映った。
それを見つけた瞬間、俺は浜辺へ走っていった。波に流されてるソレは、少しずつ俺から遠ざかっていく。

――――波と一緒に流れてしまえばいいのに――――

そう言った、自分の言葉を思い出す。

そうか……。俺は自分の気持ちとサクラ貝を重ねてる……。あのモヤモヤは俺の気持ちが流されてしまうような、
恐れだったんだ。流されたくない!クレアさんに対する気持ちを忘れたくない!
そんな思いで、俺は俺の心の一部を探した。もうそんなことを思わないためにも…。
もうすっかり夜になってしまい、真っ暗で何も見えなくなっていた。

「もう…。ダメか…」

一気に力をなくし、その場に寝ころぶ。疲れて何もする気が起きない。
う~んと手を伸ばすと、かすかに感じる堅くて冷たい感覚。急いで起きあがって見てみると、そこには真っ暗な中
でも分かるほどのピンク色。間違いなく、自分がなくした物だった。

「あった……」

戻ってきてた。

「お前も波に流されたくなかったんだな…」

そう呟いた。
よしっ!俺は、サクラ貝を持って、ある場所へと向かった。俺の思いのかけらを伝えに。

着いた場所は朝と同じ所だ。広く壮大な牧草が生い茂っている牧場。その端にある、小さな小屋のドアを叩いた。

「は~い」
「あっ…。クレアさん、こんばんわ」
「グレイ!こんばんわ。どうしたの?」
「これ、クレアさんにあげるよ」

そう言って、手に持っているモノを差し出す。かすかに手が震えてるのが自分でも分かる。

「これって…。グレイこれを探してたの?言ってくれれば私も…」
「ううん、これは俺が捜したかったんだ。」
「なら、グレイが持ってなよ。そんなに欲しかったんでしょ?」
「クレアさんに持ってて欲しいんだよ」

いつしか彼女が言ったセリフによく似た言葉。そう言った自分は何故か微笑んでいて、心の中もすごくスッキリした
ような気がした。
するとクレアさんも微笑んで、

「ありがとう」

と言った。
クレアさんの気持ちを忘れようなんて思わないように、いつか自分の想いを伝えれるように…。そんな願いを
サクラ貝に込めた。

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昔、リクエストを頂いて書いた作品です。