暖めることなど出来ないから

「寒くないのか」
と訊ねると、目の前の女忍者は「寒くなんかないよ」などと言って笑った。
その姿は明らかに何かを物語っており、そしてそれが何故だか酷く気になった。
されど、言葉に出して訊ねるということはしない。
要する道義などないからだ。
寸刻経ったであろう時、次に言葉を発したのは女の方からであった。

 

めることなど出来ないから

 

「あたしとしては、小太郎の格好の方が寒そうだけどねぇ」
「……うぬには関係ない」
「先に訊いてきたのは小太郎じゃない。 全く」

そう子の様に、頬を膨らませると軽く背中を叩く。
薄くとも堅固な繻子は、細身の腕で叩かれただけでは痛みを感じず、何事も無かったように話を進める。
しかし、行動に移そうと思い口を開こうとするが、それは実行されなかった。
何故、自分はこの女と一緒に居るのかを漸く理解したからである。
いつもならば、他人を自分の空間へ入れ込みそしてそれを壊すことを得意としているが、目の前の女にはそれは通用しない。
それどころか、自分が其奴の調子に捲き込まれている程だ…。
不思議な雰囲気を持っている女人だった。

「小太郎? どうしたんだい?」
「うぬはどうして此処におる……」
「心配だからだよ……!」
「我はうぬより強い。 不必要なことはするな」
「こら、またそういう口の利き方をする! 駄目でしょう」

何とも七面倒な女だ。
これが忍者の者でなかったら、邪魔になるだけなので切り捨てるところだろう。
しかし今日は違和感を漂わせ、露骨に現を抜かしているように見える。
それが自分を信頼して、じゃないことは分かる。
何処まで勝手に世話を焼いたとて、本来は敵なのだ。
お互い、その時になれば悩まずに斬り合うことになるだろう。
しかし、今はその時ではない……。 それは隣にいる女に手懐けられたのか、すぐにそう思うようになっていた。
では、この違和感は何なのか…。
その答えは一つしかないのだろう。

(猿は他の女の所へ行ったか……)

言葉には出さずとも、忍である者として気で人の心を読み取ることは造作ないことだった。
それが小太郎なら尚のこと。
女であっても忍者である此奴はそのことを重々承知しているはずだが……。
慰めろ…とでも言っているのだろうか。 ……否、その可能性はない。
小さな体ながらに、この女人は常に気丈に振るまい自分の弱さを見せようとしない剛健な性格の持ち主だ。
弱音を誰かに吐くなどと、そのようなことは余程のことが無い限りありえないだろう……。

「ほらほら、敵の大将さんを倒しに行くんだろう? あたしも行くよ!」
「……邪魔だけはするな」
「はいよ、小太郎」

弱音を吐かぬのならば、それでいても心の弱音を消さぬならばと、鋭い瞳を向けねねに来いとは言わず、敢えて邪魔をするなと一言だけ言葉を残し、姿を消す。
そしてその後を追うようにして、嬉しそうに微笑んだねねの姿も見えなくなっていた。