悪い癖

「半蔵は笑わないの?」
「何故、そのようなことをお聞きになるか」
「だって戦がなくなったんだよ。 みんなが……」

そこまで言うとねねは言葉を詰まらせた。
自分が言いたかったことと真逆な態度の人間が目の前にいるのだから、先を言っていいものかと少しばかり悩む。
困ったように笑ってみせると、半蔵は少しばかり首を傾げてみせた。

世は泰平。

戦の続いた毎日は過ぎ、こうやって二人でのんびりと話せる時間さえ出来るほど、落ち着いた日々が続いているのだった。
そんな中でも、半蔵は無表情と言っても過言ではない顔を崩さずにいる。
それがねねは心配だった。
夫が目指したのは皆が笑って暮らせる世。
出来ることならば、ねねは彼にも笑って欲しかったのだ。

「だってね、もう平和な世の中じゃない!」

必死に頭で考えた後、思い切って切り出してみる。
すると、それすらも何を言いたいのか分からないというように目を険しくする。

「泰平の世なんだよ? 半蔵は笑ってくれないの?」

心に思っていたことだった。夫の築いた世で半蔵も笑って欲しい。
贅沢な望みだと分かっていても、ずっと思っていたことだったのだ。

「主の天下にあらず……」

そうだ、半蔵は徳川の忍。 秀吉が丸め込んだとはいえ、家康に忠誠を誓う半蔵に
は満悦するどころか不平が出るほどなのだろう。
そう思うとねねは、何故だか途方も無く哀しくなりほぅと小さな溜息が出た。
その様子を半蔵は一瞥すると、閉ざしていた口を開いた。

「拙者が望むは主が天下。」
「……だろうね」

そう僅かにねねは笑った。
ふむと頷くと、こう言葉を続ける。

「次に望むがねね殿の天下」
「えぇ!?」

その言葉を聞き、ねねはくりりと大きな瞳をさらに大きくした。
しかし半蔵の表情はぴくりとも動かない。
まるで自分は何もおかしな事を言ってなどいないといったようだ。
言われたねねの方は考えをまとまるのに時間が掛かっているようで、次に発する言葉に迷っている様はが見て取れる。

「ねね殿の忍なれば、拙者も不平もないだろう」
「あたしの忍? 私だって忍びなのに?」
「影に生きる、それが拙者が生きてきた道故……」

その言葉でねねは全ての半蔵の発言に合点した。
そうなのだ、半蔵は今まで影で生きてきた子。 大きく明るい世は苦手で仕方ないのだろうと。

「半蔵の悪い癖だね」
「それが拙者」
「……うん、そうだね。 でも半蔵が笑えるようあたし頑張るよ」

家康以外に従うつもりなどないのに、気を遣ってくれたことに気づき、微笑んだ後、ねねは半蔵の頭をくしゃりと撫でた。

悪い癖