佐吉とおねね

「こらっ! お虎に市松! 何してるんだい!」
「お…おねね様!?」

 

佐吉とおねね

 

少し離れたところからその声が聞こえると、慌てた様子で虎之助と市松は俺の腕から手をといた。
虎之助達が怒られているのを一瞥した後、先ほどまで捕まれていた部分を軽くはたく。
それを気にくわないというように見ていた、市松は怒り主に対し「この態度が腹を立たせる」と訴えていたが、それも虚しく、

「言い訳する子はお仕置きだよ!」

と頭に大きな瘤を作る結果を早めるだけとなった。

「毎回こんなことをして楽しいかい? 二人とも、ちょっと外で反省してきなさい!」

そう言って、二人の背中を強く押し外へと押し出す。
最後の最後まで何やら言っていたが、おねね様は聞く耳を持たず。
虎之助と市松が門の外へと姿を消した後、おねね様はこちらへ向かって来た。
二人を追い出した後、この人はかならず私の元へ来る。

「佐吉、大丈夫かい?」
「おねね様がわざわざ止めなくても、平気でした」
「全く、そういう態度がお虎や市松の怒りを買うんだよ。 本当はいい子なのに…」
「ほっといてください」
「放っておけるわけないよ! 佐吉はあたしの大切な子なんだから」
「私はおねね様の…」

そこまで言いかけて、口を閉じた。
――私はおねね様の子供じゃない――
この言葉は目の前にいる人には通用しない。
それも理解していたし、この言葉を言うといつもは元気なおねね様が、少しだけ悲しい瞳を見せる。
自分の中でそのことがすごく嫌だったのだ。
そんなことを俺が考えているなど思いもしてないのだろう。
おねね様は手に出来た擦り傷を心配そうに見つめ、「これは消毒が必要だね」と呟いていた。
母という存在が居なかった訳ではない。
ちゃんと生みの親というものは俺にも存在する。 そして今も尚生きている。
だけれども、この方が発する慈愛は実の母よりも深く俺には眩しすぎるほど優しくて、そして何故だか切ない。
遠ざけようと殿の奥方様に向けるではない態度も沢山とった。
しかし、そんなものはこの方に通用しないのだ。 何かで傷を負うといつも心配そうに気遣い、そして俺がふとした時不安になると「あたしの可愛い子」と慰めてくれる。
おねね様には、私のことが何もかもお見通しのようでそれが結果、市松が言った 「生意気」 という態度になってしまうのだろう。「佐吉?」

甘えているのだ…俺は……。

市松や虎之助に何をされようと大きく抵抗しないのは、おねね様がこうして心配してくれるのが嬉しいのかもしれない。
自分だけを見ていてくれる、栗色の瞳を見つめながらそんな泡沫のようなことを思った。