静かで優しい時間

焦っているわけでも、怖いわけでもない。

だけど少しだけ……。少しだけでも時間が止まってくれれば…。

静かで優しい時間

静かな夜。外からは、虫たちが優しく音色を立て、春の終わりを告げる。
襖越しに見える淡い色の月が光り、二人の姿を薄く映し出した。

「沖田さん、灯り付けましょうか?」

りんとした声が、小さな部屋に細く響いた。

「はい…。お願いします」

それに答えた声は、よく耳を澄ませておかないと聞き逃してしまいそうなほど、小さく弱々しいものだった。
数分後、部屋にゆるい灯りがともる。今まで、うっすらとしか見えていなかった二人の姿が、今ははっきりと見るこ
とが出来た。
お互いに視線が合い、どちらからともなく微笑む。
だがその微笑みは長くは続かず、沖田はふっと顔を落とし、寂しそうな笑みへと変えた。
それに気づいた鈴花だったが、何も言わずただそっと沖田の顔を見つめていた。
彼が何を考えているかを理解して故の、行動である。
鈴花は黙って、自分からの言葉を待ってくれている。それは、今の沖田にとってすごくありがたいことだった。

僕にはもう、時間がない……。

信じていなかったが、最近ではそれが痛いほどに感じるようになっていた。
それでも、自分はまだ生きていたいという願いが消えずにいた。
剣をまだ振るいたい。最後まで近藤さんについて行きたい。そして、もっと鈴花と同じ時間を過ごしていたい。
そんな想いが、今でも強く、心の中に根を張っている。
隣を見ると、いつものように彼女が居る。変わらぬ笑顔がある。
それが何よりもの救いで、その笑顔が大好きで、いつまでも見ていたくて。
時間はないと分かっていても、気持ちの方はどんどんと膨らんでゆく。

あなたが居てくれたから、僕は心を失わずに生きています。

そう伝えようとしたときがある。でもそれは、言ってはならないと思い、心の中へととどめた。
自分には鈴花が居てくれることで、今でも笑顔を忘れることがない。しかし、鈴花が同じように思っていてくれ
ているか分からなかった。
恋人同士である前に、自分たちは近藤さんについていくとい決めた―――――――
新撰組の隊士なのだから。
本来なら、彼女はここに居るはずではなかった。今も近藤さんの隣で剣を振るっているはずだった。自分の
せいで、剣を振るうことも、近藤さんについて行くことも出来なかった。
時折、その罪悪感に支配される時がある。

「すみません」

ふと気づけば、小さく消えそうな声で、そう呟いていた。
我に返り、鈴花の方を向くと、彼女は目を見開いてこちらを見ている。どうやら、さっきの言葉は聞かれてしま
ったようだ。

「ど…どうしたんですか?沖田さん、急に…」

急に謝られたことに対し、驚きを隠せないといった様子で、そう尋ねてきた。

「最後まで、近藤さんについて行きたかったですよね…」

小さくではあるが、今まで聞くことを恐れていたことを、いとも簡単に伝えることが出来た。
今だからこそ彼女の本音を聞かせて欲しかったのかもしれない…。
知らないままで逝ってしまったら、鈴花に謝ることも、償うことも出来ないから。
そっと鈴花の方に目を向き直すと、そこには強くそして悲しい光を秘めた、彼女の瞳があった。

「沖田さん、もしかしてずっと、それを気にしていたんですか?」

その言葉に応える間もなく、

「私は自分の意志でここに居ます。私が沖田さんの傍に居たいんです。きっと、近藤さんについて
来いと言われても、沖田さんが付いていて欲しくないと言っても、私はここに残っていました。これは私の
勝手な意志です。だから沖田さんが、そんなこと気にすることないんですよ」

と、言った。どこかで期待していた言葉を、ハッキリと言ってくれた鈴花。
それがすごく嬉しくて、フフッと笑う。

「なんですか…?」

何かおかしいことを言いましたか?と言わんばかりの表情をして、鈴花は沖田の方を見入る。

「何でもありませんよ。ありがとうございます」

未だに笑っている沖田に、訳の分からないままの鈴花だったが、それが止まらないと知った後は、一緒
に微笑んでくれた。
そうだった。彼女は自分の意志や信念をちゃんと持っている人だった。他人の意見に流されない意志。
いつの間にか、分かり切っていたことまでもを忘れてしまうところだった。

「鈴花さん」

愛おしい人の名前を呼ぶ。

「はい?」

「好きですよ」

そう言って鈴花の手を握る。
突然の言葉に驚いて、どんどんと顔に熱を帯びていく鈴花。

「なっ…なんですか!?」

慌てる鈴花とは逆に、沖田は先ほどからの変わらぬ笑顔を浮かべ、平然としている。

「僕、何かおかしいこといいましたか?」

そう言ってのける始末だった。

「沖田さん、今日は突然なことばかり言いますね」

そんな沖田の様子に呆れながらも、すぐに笑顔になり、

「私も好きですよ」

そう言って、手を優しく握り返す。

静かな夜。虫たちの声も休みはじめたころ、二人はソッと口づけを交わした。

この幸せが続くように…。この時間(トキ)だけでもいい…。

少しだけでも、時間が止まるようにと心の中で願った。

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静かな感じだけ伝わってくだされば幸いです…!