何も無いのは気楽かも知れない

span>恋人の日。誰かが今日のことをそう言った。

AM:10:00

『元気してる?』
『うん』
『そっちはもう暖かくなった?』
『うん、もう春だもの』
『そっか…。また今年も夏しか帰れないけど…』
『ううん、平気』
『ゴメンな』
『ヤダな、謝らなくて良いよ』
『ゴメン…』
『…………』
『こっちは暑いだけだから、そっち行きたいと思ってんだけど』
『無理しなくて良いよ…』
『今は無理だけど、夏にはちゃんと帰るから』
『うん、分かってる…』
『ホントにゴメン』

彼は謝罪の言葉と夏には帰るということを告げて、電話を切った。
どこか二人とも小さな声で、元気のない低い声だった。

PM:14:30

『こんちわ』
『カイ…?』
『うん』
『どうしたの?何か用事?』
『いや、そんなんじゃないけど…』
『朝もかけてきたのに』
『なんか、お前の声が聞きたくなった…』
『何、それ…』
『何だろうな…、でも満足』
『変な人ね』

次の電話はすごく明るい元の彼。
一つ一つの言葉が嬉しくて、朝から憂鬱だった気分が晴れた。

PM:18:20

『…カイ?』
『ご明察』
『一体どうしたの』
『分からないけど、ただ何となく』
『私だって忙しいんだからね』
『嘘つけ』
『ホントよ』
『じゃあ出なかったらいいじゃん』
『そうさせてもらう。私忙しいモノ』
『じゃあ次は22時きっかりにかけるけど、出るなよ』
『出ない』

出ないと言っても笑う彼に、もう一回だけ「出ないから」と伝え電話を切った。
何でもお見通しな言い方の彼に腹を立てる。しかし別の感情も湧き、自分の感情が自分で
も分からなくなってしまった。

PM:22:00

『やっぱり出た』
『もしかしたら違う人かもしれないでしょ』
『そんな訳ないだろ』
『何で……?』
『………』
『……?』
『…だってそっちは感謝祭じゃん』
『そうだけど…だから?』
『……感謝祭は恋人の日…だろ?』
『…………』
『…………』
『……じゃあ』
『…………』
『じゃあ、何でカイは帰ってきてくれないの。何で一緒にいてくれないの』
『ゴメン…』
『ゴメンじゃ嫌だ。何の解決にもならない』
『俺だってクレアのところに行きたい』
『じゃあ、来てよ。仕事も何もかも放り出して…。会いに来て』
『…会うのは無理だけどさ、今日は一日中、話そう。夜が明けるまでずっと』
『………嫌だ。それだって誤魔化しにしかなってない……』

自分が醜い。
きっと電話の向こうで彼は、困った顔をしているんだろう。
何のに私は、自分の感情を弱めることも出来ずに、嗚咽を吐いているだけ。
何度も謝る彼の声が、悲しくて、怖くて、切ない。
彼が好きだから悲しくて悲しくてしょうがない。
いっそのこと彼への感情がなかったら、自分も彼も苦しむことはなかったのに。
彼への感情も、感謝祭なんてくらだないイベントも、何もかもなくなればいいのに。
きっと

何も無いのは気楽かも知れない から…………。

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なんだかほのぼのとはほぼ遠い話になってしまいました。
描写なく、クレアとカイの感情を表現しようと思っていたのですが、玉砕です!
カイは普段明るいので、ちょいと暗めな話にしてみましたけど、暗いなぁ~。
会話形式と、タイトルを文の中に入れるというやりたかったこと二つできて、ちょっと満足です